光に向かってシリーズ(高森顕徹著)の裏話

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工夫とねばりが大切。何事も早く見切りをつけてはならない
光に向かって100の花束』55話
工夫とねばりが大切。何事も早く見切りをつけてはならない


 この話は、以下のような内容です。
 京都の大橋宗桂は、生来、将棋に堪能だった。
 江戸に下って、将軍家の御前で、本因坊算砂を撃ち破り、当代一の栄冠を勝ちとったときのことである。
(中略)
 やがてそしてスラスラと、三十手ほど指し進めた絶妙手に、さすがの本因坊算砂も、無念の涙をのまざるをえなかったのである。
「天下のことも同じこと。何事も早く、見切りをつけてはならぬということだ。工夫とねばりの大切さ。よいことを教えてくれたぞ」
 感嘆した家康は、こう宗桂を称賛し、五十石五人扶持を与え、幕府の将棋所をつかさどらせている。


 この話を読んだ時、「あれっ?」と思いました。
 だって、本因坊算砂といえば、囲碁でしょう。
 Wikipedia によれば、

江戸時代、安井家・井上家・林家と並ぶ囲碁の家元四家のうちの一つ。
昭和になって作成された、囲碁の棋戦の一つである本因坊戦に優勝した棋士に贈られるタイトル。


となっています。
 なんで将棋なんだろうと思って、調べてみました。
 すると、『新潮日本人名辞典』に、こんな記述がありました。
大橋宗桂
本因坊算砂門にあり、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、同秀忠に歴仕。宗桂の名は信長から賜った。しばしば家康・秀忠の前で、算砂と対局。慶長17年(1612)幕府から50石5人扶持をうけ、碁・将棋の司を兼任していた算砂から、将棋所を譲られた。


 なんと、本因坊算砂は、将棋も強かったんですね。
 なるほど、そういうことだったのか、と納得した次第です。
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