光に向かってシリーズ(高森顕徹著)の裏話

『光に向かって』シリーズファンが、もうちょっと深く掘ってみました
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炎の色を見わける話
光に向かって100の花束』87話
炎の色を見わける話
名画伯と熟練消防士

 この話は、次のように始まっています。
 月岡芳年は浮世絵と洋画を折衷した一派を立てて、一流の名画を残した人である。
 あるとき、神田の大火にかけつけて、炎々と燃えあがる火炎の模様を写生して帰ってきた。
 後日、出入りの親しい消防士がきたので、その絵を見せた。
「これは先日の神田の大火の写生である。あなたは職業柄、火事のことには詳しいでしょう。この絵に誤りがないか見ていただきたい」
 いかにも名人の描いたものだけあって、火炎のありさまといい、黒煙のものすごさといい、人々の騒いでいるかっこうなど、実にすごみがあって、実感が出ている。
 しばらく見いっていた消防士は、
「実はあの火事の夜、私は、よそへいって留守でしたので、火事場へはゆけませんでしたが、この絵を見ますと、神田の某金物店が焼けているところでしょう」
と答えたので、芳年画伯が驚いた。



 この「月岡芳年(つきおかよしとし)」について、書かれていたものがありましたので、紹介します。

時代の証言
瀬木慎一(48)
昭和51年1月30日
〈このところ、師の(歌川)国芳の復活とともに、(月岡)芳年の人気上昇はめざましい。そんなときに、かれの芸術の根源をなすこの力作が姿をあらわしたことは、まことにタイムリーと言うべく、かれの怨霊のなせる業のようにおもえてならない。一月三十日、わたしは、この新発見の大作を、何人かの親しい人のみを招いて披露した〉(瀬木慎一『江戸美術の再発見』)
 近代日本の進歩主義的な美術史観から見れば、退廃と不毛の芸術として見捨てられてきた、江戸後期美術の再評価を試みていた美術評論家・瀬木慎一は、この頃、最後の浮世絵師「芳年」と署名のある絵の噂を耳にする。古書業者の洋服箱の中にあったその絵こそ、まさしく、長年、行方不明の「幻の名画」(「佐久間盛政 羽柴秀吉を狙ふ」)だった。(山崎行太郎)

(『日録20世紀スペシャル』16より)
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