光に向かってシリーズ(高森顕徹著)の裏話

『光に向かって』シリーズファンが、もうちょっと深く掘ってみました
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他人の批評に一喜一憂していては何事も出来ない(2)
光に向かって123のこころのタネ』109話
他人の批評に一喜一憂していては何事も出来ない


この話については、以前に書きましたが、別の本にも紹介されていました。
有原末吉『教訓例話辞典』
「責任・守信」を教えた話、ということになっています。

イソップ物語では、このロバは
二人が助けに行ったのでおぼれはしませんでしたが、少し怪我をしたので、市では半値にしか売れませんでした。

となっているそうです。

この本では、最後にこんな【解説】がついています。
イソップ物語中の一話であるが、註には「みんなの気に入ろうとすると、結局誰の気にも入らない」とあり、つまり、自分に信念がなく、人の意見ばがりを気にしていると、ひどい目に遇うものだということを教えたのである「内股膏薬」という言葉があるが、これは「あっちへ付いたりこっちへ付いたり」自分の意見がないことをいう、同じ意味の教えである。


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| 書籍 | 16:55 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP
他人の批評に一喜一憂していては何事も出来ない
光に向かって123のこころのタネ』109話
他人の批評に一喜一憂していては何事も出来ない


この話は、馬を売りに行く親子が、人の意見に振り回された末、結局馬を失って何も得るものがなかった、という話です。
元は、イソップ物語に、原典があるそうですね。
小原國芳『例話大全集』に、掲載されていました。

ここでは「親子とロバ」という題で、独立独歩を教える話、となっています。

光に向かって123のこころのタネ』では、
他人の意見に、静かに耳を傾ける度量も必要だが、他人の批評に一喜一憂していては、何事も成し遂げることはできない。

という結論になっています。

イソップ物語の原話も、機会があれば見てみたいと思います。

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| 書籍 | 10:28 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP
矢は一本しかないと思え
光に向かって100の花束』9話
矢は一本しかないと思え
一意専心


この話の前半は、弓を射ることを習う人のことが書かれています。

 矢場に立った一人の男、二本の矢をたばさんで的に向かっている。
「おまえは、まだ初心じゃ。一本にしなさい」
 そばで見ていた白髪の指南は、にべもなくこう言った。
 弓を射るとき、諸矢(二本の矢)を持つのが通例である。
 初心だから二本持つな、一本にしろとはどういうことか。
 為損ずることの多い初心者だから、一本では無理だろう、二本持てというならわかるが、どうも腑におちない。
「はい、かしこまりました」
 素直な男は、言われるままに一本を投げすてた。
爐海琉賁陲茲蠅覆い里性
 一本の矢に全精神を集中する。かくて彼は、みごとに的を貫いたのだ。
 初心者に、にあわぬできばえと、満場の喝采をえたが、牋賈椶砲擦茘瓩力兄愼遒琉嫐は、どうにもわからない。
 思案のすえ彼は、老先生を訪ねて教えをこうた。
 笑みをたたえて老先生、こう答えたという。
「子細はない。ただ後の矢をたのみにするから、初めの矢に専心できないのだ。どうしても油断ができる。勝つも負けるも、ただこの一矢の覚悟がなくては、何十本の矢も、みなあだになるのじゃ」
爐海譴ダメなら次がある
の思いが専心を妨げるのである。熱中できるはずがない。


これは、『徒然草』にある話だったんですね。私は知りませんでしたが、有名な話なのかもしれません。お恥ずかしい……。

 或人、弓射る事を習うに、もろ矢をたばさみて的に向う。師の言わく、「初心の人、ふたつの矢を持つ事なかれ。後の矢を頼みて、はじめの矢に等閑の心あり。毎度ただ得失なく、この一矢に定むべしと思え」と言う。わずかに二つの矢、師の前にてひとつをおろかにせんと思わんや。懈怠の心、みずから知らずといえども、師これを知る。この戒め、万事にわたるべし。
 道を学する人、夕には朝あらん事を思い、朝には夕あらん事を思いて、かさねてねんごろに修せんことを期す。況んや一刹那のうちにおいて、懈怠の心ある事を知らんや。なんぞ、ただ今の一念において、直ちにする事の甚だ難き。(第92段)

   =永積安明校注・訳「徒然草」(日本古典文学全集 27)小学館より一部改=
| 書籍 | 15:52 | comments(0) | trackbacks(1) | ↑PAGE TOP
これじゃ、片道分しかないじゃないの
光に向かって123のこころのタネ』104話
これじゃ、片道分しかないじゃないの


この話は、こんなケンカから始まっています。
 よく喧嘩していた菓子屋の若い夫婦があった。
 この日も、どちらが悪いというのではないが、ふとしたことから口争いとなり叫喚怒号となり、ついに亭主は、女房を殺すと言う。女房は、殺すなら殺せと激昂する。
 たまたま通りかかった寺の和尚、また始まったなと思って、
「どうしたんだ。大きな声を張りあげて、通りがかりの人に恥ずかしいとは思わんか。やめなさい、やめなさい」
と仲裁すると、亭主は、
「今度という今度は勘弁ならん。捨てておいてください。今日こそ嬶を叩き殺してやる」
と目を釣り上げてわめき立てる。
「和尚さん、放っておいてください。さあ殺せるものなら殺してみろ」

そしてこの和尚が、夫婦の一方は殺され、もう一方は殺して刑務所へ行くのだからと、店先の菓子を子供たちに配ってしまう、という話です。

どこにでもありそうな(?)夫婦ゲンカと僧侶の話だな、と思っていたら、実は200年くらい前の、江戸での出来事だったようです。
中野東英『好きな話』に、こんなことが載っていました。
 貞鈞和尚は、四谷旭町天龍寺の第22代の住持で、文化年中の人である。(中略)
なかなか道心堅固の人であるが、一面磊落洒脱の面白い処のある和尚であった。(中略)
「或る日、門前を通りかかると、駄菓子屋の家で、いま夫婦喧嘩の真最中だ。二人は、とっ組み合って、殴る、蹴る。女房は、喰い付く、引っ掻く。もの凄い光景である。
「このあまッ、生かしちゃ置けねェ。」と、ぶん殴る。
「さァ殺せ、さァ殺せ。」と嚊は食い付く。
 貞鈞和尚、この有様を見ていたが、近所の子供達も、店先へ黒山のようにたかって喧嘩を見ている。和尚はつかつかと店へはいると、菓子のはいっている箱といわず瓶といわず、ザラザラと菓子をぶちまけて、
「サア、子供達皆来い。掴めるだけ、この菓子を持って行け。持てるだけ持って行って、喰ってもよいぞ、早く取れ取れ。」
 子供達は、先を争って拾い始めた。
 喧嘩最中の夫婦も、この有様を見て驚いた。商売物の店の菓子を、片ッ端から、子供に呉れて、やるんだからたまらない。夫婦はあわてて店へ飛んできて、
「和尚さん、何をするんだ。売り物を、どんどん子供に呉れるという法があるかッ。」
「いいじゃないか。お前達夫婦は、殺す、殺せと言っているんだから、女房はどうせ死ぬだろうし、人殺しの亭主もやがて死刑に処せられるにきまっている。この店も今日ぎりの運命だ。この世の別れに、子供に菓子でも施して、功徳を積んでおけ。」
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ミッドウェーで優勢であった日本艦隊が、なぜ敗れたのか
光に向かって100の花束』36話
ミッドウェーで優勢であった日本艦隊が、なぜ敗れたのか
勝者を滅ぼすもの


 この話の中に、以下の本が紹介されています。

 太平洋戦争の劇的なターニング・ポイントとなったミッドウェー海戦。
 戦力も戦局も、歴然と優勢であった日本艦隊が、なぜ大敗を喫したのか。
 開戦から六ヵ月後の昭和十七年六月五日のことである。
(中略)
 アメリカの戦史作家ウォルター・ロードは、ミッドウェー海戦記に「信じられぬ勝利」というタイトルをつけたほどである。
 なぜ、日本が敗れたのか。
(中略)
 歴史の教訓を忘れた日本海軍は、慢心の落とし穴に、はまってしまったのである。


 この本が、Amazonにありました。
Midway: The Incredible Victory (by Walter Lord)

 
| 書籍 | 11:54 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP